仮面の破壊者
(1987年 R・ウォーターフィールド / 社会思想社)
FFシリーズ23巻「仮面の破壊者」。
あらすじはこちら。
ワニ評
「ファンタジー世界のワニ」
作者のロビン・ウォーターフィールドは、なかなか骨のある作家である。
それまでFFゲームブックでは希薄だった「プロットの作り込み」や、小説的なメッセージ性を組み込むことに積極的だ。
加えて、それを表現しきるだけの筆力を持っている。
ブーム当時のFF作家の中では上位であり、作者買いするに足る存在といっていい。
一方で、ゲームバランスの厳しさゆえに、どの作品も手放しの名作とされることはなかった。
内容的にいっても、ややスケールの小さいところがある。
後期作品で名作とされる「甦る妖術使い」や「奈落の帝王」は、世界を股にかけた大冒険であった。
これは「シリーズの総決算」などと評しやすい。
対して、ウォーターフィールドの作品は、ある一地方の中で完結していたり、徒歩での移動がメインとなっていたりする。
(惑星間を股にかける「電脳破壊作戦」もあるが、これはSFのためシリーズの代表作とは称しにくい)
文字通り「地に足付いた」冒険譚といった趣。
マイペースな作風である。
本作はフィールド・アドベンチャーだ。
そのため、野生の生物が多く登場する。
そのラインナップが、「チオン」という聞いたことのない巨大ミミズだったり、「ナンディ熊」というケニアで語り継がれるUMAだったり、クラーケンだったりするのはご愛嬌。
ナンディ熊なんて、普通の熊や狼を出せばいいのに、あえてのナンディ熊。
ナンディだろうと言わせたい欲しがりさんである。
そんな中でも、ワニはワニ。ただのワニ。
というか、◯◯ワニみたいなのって、ファンタジーなのに、なかなか見かけない。
ブレがないのである。
本書の描写は、ゲームブックにおけるワニ表現のお手本といっていい。
二九三
R・ウォーターフィールド(1986)、坂井星之(訳)『仮面の破壊者』(社会思想社、1987年)、195頁。
滝の落ち口からがけに囲まれた巨大な滝壺まで、けわしい道がつづいている。(中略)深い滝壺に入って泳ぎながら北岸をながめると、十分に登っていけることがわかる──しかしそのとき、北岸の水際から大型のワニが這いだしてきて水に飛びこみ、水面から鼻つきだし、水を切ってこちらに向かってくるではないか。
君は水のなかでは思うように動けないので、この戦いのあいだだけ技術点を一点減らしておかなければならない。
R・ウォーターフィールド、同上、52頁。
「自身に有利な状況下で敵を襲う」というワニの習性が、的確に押さえられている。
基本に忠実である。
本作が他の作品と違うのは、主人公のリアクションだ。
他の作品と違って、不意打ちではないこともあってか、落ち着いている。
君はできるだけ有利な体勢でワニを迎え撃つことができるように、立ち泳ぎをするか(四三へ)、それとも水にもぐってワニの腹を攻撃するか(三八〇)?
R・ウォーターフィールド、同上、195頁。
このように、ワニと駆け引きするのである。
ゲームブックにおけるワニといえば、スペック的には弱っちいくせして、対処を劇的にイベント化される傾向があった。
口の間につっかえ棒をしたり、ピラニアに襲わせたり、咬む力に比べて弱い「口を開く力」を突いたりと、頭脳戦の演出にされがちなのである。
頭脳戦が必ずしも悪いということはない。
ヒラメキを使ったり、ワニの弱点を突いたりする戦闘も、作品をSF的に演出する良い手法である。
しかし、対処をイベント化することで、空気感が若干ドタバタ側に傾いてしまう。
それに比して、本作の対処は非常に渋い。
この渋さからは、主人公の実力者っぷりが窺えるのである(なにせ主人公は領主なのだ)。
もうひとつ、本作の個性といえるのが、「ヘヴァーの角笛」。
これは、本作オリジナルのアイテムである。
戦闘中に利用することで、補助的な効果を発揮する。
三三三
R・ウォーターフィールド、同上、219頁。
それはふつうの雄羊の角からつくられた笛に見えるが、ほんとうは角のある悪魔ヤッチャーの角からつくられた笛であり、邪悪な人間ばかりか魔物をもふるえあがらせるほどの力を秘めているのだ。(中略)この角笛を吹けば、本文中に特別の指示が書かれていないかぎり、君の対戦相手の技術点を一点減らすことができるのだ。
特定の種族に対して効くアイテムということで、ドラクエでもよくある要素だ。
これが、ワニには効果がないのである。
四三
R・ウォーターフィールド、同上、52頁。
君はワニと正面から対決する。ワニは邪悪な生き物ではないので、ヘヴァーの角笛は効果がない。
ワニは、凶暴な存在だが邪悪ではないという線引きがあるのだ。
ゲームブックは、泣く子も黙るオールドメディアであるから、ドラクエほどの損得勘定を要する機会すらない。
その代わり、一つ一つの要素に着目するから、普段気にしていないようなことに意識を向けさせられる。
ここで、ワニという存在は、クール大陸に元からある、そのままの脅威としての意味を持つ。
魔女モルガーナの企みがあってもなくても、ワニは自身の習性により人を襲うのだ。
これがSF作品だと、世界の文明化が進んでいるから、ごく限られためちゃつよな魔物を除き、野生生物と戦う場面は描写されないだろう。
なんでもない敵との戦闘が描写されるということは、クール大陸の文明が成熟していない証。
これこそ冒険に満ちた世界であると、読者に感じさせるものだ。
作中で角笛が効果を発揮する場面は、最適ルートだと7回ある。
効果を発揮しない場面は、最適ルート中で2回。
最適ルート外も含めると、へヴァーの角笛が効果なしの戦闘は4つある。
その内訳は、
ワニ (技術点7 体力点8)※必須戦闘
山猫 (技術点6 体力点8)
大血鷹(技術点7 体力点12)
氷巨人(技術点6 体力点12)
という顔ぶれだ。
ゲーム的に言うと、これらの敵は共通して、そもそも技術点が低めである。
その代わり、こちらの技術点も下がった状態での戦闘だったり、イベントで体力点を減らされるなど、デバフ戦となっている。
それでもなお大した脅威とはならないものの、少しだけ厄介である。
これらは、演出のメリハリとして機能している。
ほんと、理由もなしに野生動物と戦ったりしない方が良いのだ。
仮面の破壊者 あらすじ
舞台はクール大陸の北東部。
都市アリオンと、その周辺地域である。
君はアリオンの領主だ。
ある日君は、魔術師アイフォー・ティーニンに呼び出される。
アイフォーから告げられた任務は、邪悪な魔女モルガーナの企みを阻止すること。
彼女は12の魔法の印を揃えることで、恐るべきゴーレム軍団を蘇らせようとしている。
残る魔法の印はまさかの1つ。全ての印が揃ったら、アリオンはなす術もなくモルガーナの手に落ちるというのに、呼び出すのが遅すぎないか…
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