VS ワニ

ルパン三世 さらば愛しきハリウッド
(1985年 吉岡平 / 双葉社)

続いては、ルパン三世のゲームブックシリーズ1巻「さらば愛しきハリウッド」。

あらすじはこちら

ワニ評
「物理世界のワニ」

作者の吉岡平は、後に「宇宙一の無責任男」シリーズを書いて有名になるラノベ作家。


本作は作者のデビュー作(執筆当時25歳)とのこと。
それゆえか、若干の習作感がある。

特に、ワニのシーンを含む序盤で、文章的に怪しい箇所が散見される。

片や後半は、ルパンの設定にしっかり踏み込んでおり、良い展開だ。
いわゆるノベライズ作品でありながら、「ルパンっぽさ」が感じられ、充実した内容である。


ルパンシリーズがFFと違うのは、サイコロを使った戦闘のルールが無いところ。

したがって、戦闘でも通常の場面と同じく、いくつかの選択肢が提示され、選ぶことで戦闘が解決する。

選択の内容は、どの武器を使うか、だとか。
たまに、「右に避けるか、左に避けるか」みたいな理不尽系もあったような。


戦闘をダイスロールで誤魔化せないのは、書き手にとっては結構大変そうである。
そのせいかアクションシーンはどうも、文章がぎこちなくなっている。

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ところがだ、10メートルも泳がないうちにそいつが現れた。不意に目の前の水面が泡だつと、巨大な丸太のようなものが浮かび上がった。丸太は俺の目の前でくわっと巨大な口を開いた。その時、俺は初めて、そいつが丸太ではなく巨大なワニ、6メートルはありそうなアリゲーターだということを知った。

吉岡平、『ルパン三世 さらば愛しきハリウッド』(双葉社、1985年)、166頁。

緊張感のある場面のはずなのに、ルパンが饒舌すぎるのである。


ワニの描写もくどくて、読んでいて違和感がある。

ワニを「丸太のようなもの」と表現するのは、小説的な工夫だけども、それを引っ張りすぎじゃないか?

丸太とワニって、言うほど似ちゃいない。

だから、「丸太は俺の目の前でくわっと巨大な口を開いた。」とまで表現されると、違和感がある。


そもそも、アリゲーターはいわゆる人喰いワニではない
それを言うならクロコダイルである。

アリゲーターはあまり人を襲わないのである。

また、ワニは爬虫類であるから、水面から鼻を出して息をする
(他作品の描写と比較するべし)。

水面が不意に泡立って、ワニが水中から浮かび上がってくるというのは、あんまりなさそうだ。


何はともあれ、このシーンは、ワニとの水中戦が事細かに描写されている貴重な文章である。

これがFFシリーズだと、戦闘はダイスロールという「ミニゲーム」で解決しているから、描写されないわけで。

水中戦を実際に行うと何が起こるのか。
いざ考えてみると、なかなかに興味深い。


本シーンの場合、事前に選んだ武器によって勝敗が決まる。

ルパン愛用の拳銃「ワルサーP38」は、ここではハズレの選択肢となっている。

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俺はワルサーを抜くと、アリゲーターの巨大な口の中めがけ、9ミリパラベラムをごちそうした。ところがヤツは、そんなもの、屁とも感じないらしい。そうか、水中では弾丸の威力が……。バシッ!!  巨大な尾が、俺の体を横にはらった。俺は一撃で水面高くはね上げられ、再び頭から水中に落下した。今の一撃で肋骨の2~3本はコナゴナになったろうか。呼吸すらできない。

吉岡平、同上、175-176頁。

ルパンが放ったワルサーの銃弾は、水中ゆえに、ワニには効かなかった。

確かに、水中で発砲した場合、水の抵抗力によって威力が大幅に減衰する。

これを再現した実験動画が、ネット上にいくつか転がっている。

例えばこんな感じで、9ミリパラベラムはささやかなごちそうと化してしまうわけである。

Underwater Bullets at 27,000fps – The Slow Mo Guys
The Slow Mo Guys (2021年12月15日閲覧)
水中で発砲されるとどうなる?
Ridddle JP (2021年12月15日閲覧)

こいつはダサすぎるぜルパンよ…


一方で、ワニの攻撃だが、そもそもワニは、水中での攻撃に尻尾を使わなそうである。

ワニの捕食行動といえば、獲物に噛みつきながら激しく回転することで、肉を引きちぎる行動。
これは「デスロール」と呼ばれる。

こうなると人間では逃れようがないから、戦闘は即座に方が付く

したがって、水中に限れば、ワニの側から人間を襲うにあたって、尻尾を使う可能性は低い。

もし尻尾を使ったのだとしたら、例えば、ルパンが噛みつきによる初撃を躱して、尻尾側に回り込んだような状況だろう。

それでなら、尻尾で攻撃する可能性がある。


ところで、水中での攻撃というと、体が浮いてしまう(浮力)ので、威力が弱まるのが一般的である。

地面で反動をつけることができないからである。

だがワニの体は特別で、水中での体勢を保つためのシステムがある。

体の中に、重しを蓄えているのだ。

この重しってのが、そこら辺の石のこと。

ワニには、石を飲み込んで腹に蓄えておく習性がある。
この石のことを「胃石」と呼ぶ。


胃石により、ワニは水中でも下半身に重心を保つことができる。

要するに、ワニは水中で立っているのである。

この姿勢から、尻尾で「横にはらった」。
結果、人間を「水面高くはね上げ」、ルパンは「頭から水中に落下」。

「肋骨の2~3本はコナゴナ」と言うから、粉砕骨折である。

ぶったまげた威力。

そしてえげつないアッパースイングであったことが窺い知れる。


そういえば、人間の肋骨というのは、どれくらいの衝撃で壊れるのだろう。

気になったので、調べてみる。

ところが、ブログにちょうど良い、シンプルかつバチッと決まった答えというのは、なかなか見当たらないのである。


そこで、ワニの攻撃を、尻尾との衝突事故と捉え、自動車事故関連の記事を調べてみた。

すると、いくつかの論文が見つかった。

例えばこちらの、1998年の論文

石山慎一. 人体の衝突傷害耐性研究とダミー開発. バイオメカニズム. 1998, 14, 12p.

いわゆるレビュー論文というやつで、当時の同分野における研究事情が総括されている。

現在のFMVSSでは,1つの目安として加速度
の大きさが60G,持続時間3ms 以上で,胸部傷害全般が発生するとしている。

石山慎一、人体の衝突傷害耐性研究とダミー開発、バイオメカニズム、1998、14、p5.

要するに、60G=588m/s^2をワニがルパンの胸にぶちこめるかどうかの問題、ということか。


と思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

肋骨の粉砕については、胸部が筋肉に守られているため、肋骨自体の強度よりも幾分か耐久するようなのである。

そのためか、直接的な骨折荷重(胸部加速度)を求める以外で、ダミー人形の胸部たわみを計測する考え方が紹介されている。

胸部の圧縮変形速度V(m/s)と圧縮変形量 C (%)の積で定義した粘性応答VCの最大値VC max (m/s) を傷害基準とする説が提案されている.

石山慎一、同上、p5

2015年の論文では、上記の提案がより一般化された様子であり、胸部加速度よりも胸たわみの方が有効との考えまである。

岩中泰樹他. 自動車前面衝突における乗員の胸部傷害指標の検討. 自動車技術会論文集. 2015, p793.

ここの講演資料によると、自動車事故の傷害スケールAISでいう、レベル3(=肋骨 骨折3本以上が50%の確率で引き起こされる胸たわみは、約63mmとのことである。

細川成之. “車両乗員の胸部傷害について”. 交通安全環境研究所.
2018年. https://www.ntsel.go.jp/Portals/0/resources/kouenkai/h30/3_180615.pdf, (2021年12月15日閲覧)

なんだか、世界観にあっぱれである。


だが、素人の感想だけども、胸部のたわみというのは、結果である。

知りたいのは、どんな力がかかると肋骨が折れるのか、であってだな。
なにが起こるかじゃないわけだ。

そういう意味で、骨折荷重の方が、より根本原因的である。

これが知れれば文句なかったのだが。

胸のたわみだと、ルパンの骨が折れるかどうかの基準にはならない。


それに、自動車事故における胸部傷害は、シートベルトによる固定やエアバッグ等を含めた状況下で起こる。

シートベルトに締め付けられることで胸がたわみ、骨折してしまうというのだ。

ところがどっこい、こちとら水中だ
締め付けるものなどない。

この点でも事情が異なっている。


本稿では一つ、高校物理の力積を用いた試算でご勘弁頂きたい。
参考にしたのはこちらのサイト

“衝撃力(衝撃荷重)の計算方法【力積や速度との関係】”. 電池の情報サイト.
https://kenkou888.com/category21/shougeki.html, (2021年12月15日閲覧)

体長6mのワニの体重は、ここの記載から雑に間を取って、725kgと仮定。尻尾の重量はその1/4程度と考え、181kgとする。

“動物大図鑑 イリエワニ”. ナショナル ジオグラフィック日本語版サイト.
2014年12月1日. https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/428993/?ST=m_animalfacts, (2021年12月15日閲覧)

ワニは30km/h(約8m/s)で泳ぐから、尻尾のスイングスピードもそれくらいってことにする。

そんな尻尾の一振りは、胸に0.008秒間当たることで、ルパンの胸を0.06mたわませると仮定。

結果、発生する衝撃力は、181000kgf。

これは60G=588m/s^2を優に超えているから、衝撃の強さだけで言うと、やはり骨折はしそうである。

…さすがにワニがデカすぎるんだよな。

これだけのパワーを、現実のワニが使わないのは勿体無い。

僕にこのパワーがあったなら、迷わずルパンの胸に叩き込んで、余った分はNISA枠にでもぶち込むね。


ただ、両者の体が水中に浮いていて固定されていないことで、威力が減衰するのではないかという気もする。

教えて理科雄先生。


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さらば愛しきハリウッド あらすじ

ルパン三世シリーズの第1巻。

ハリウッドにやってきたルパンと次元。
お目当ては、倉庫の奥に眠る1本の映画フィルムである。

そのフィルムを手に入れるため、映画スタジオにスタントマンとして潜入したルパン。
だが、何者かに撮影のどさくさで命を狙われる。

果たして、フィルムに収められた秘密とは?

そして、ルパンの命を狙う者の正体は?

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灼熱の監獄島
(1987年 大出光貴 / 双葉社)

ルパンシリーズ繋がりで、9巻「灼熱の監獄島」を紹介。

あらすじは省略

ワニ評
「図鑑で読んだワニ」

ワニ登場シーンはこちらである。

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ななな、なんでこんな所にワニがいるんだ!!
俺の目の前にいるのは、間違いなくワニだった。特徴ある鋭いアゴからして、アリゲーター科というところか。三メートルはあるな。鈍重そうな外見からは想像できない速度で、コンクリートの床を渡ってくる。
そりゃあ、ここは南洋だし、ワニは夜行性の動物だよ。でも、なんだって刑務所の地下通路にワニがいなくちゃならないんだ!
などとゴチャゴチャ言ってても仕方がない。現実にワニは存在し、俺めがけて襲いかかってくるのだ!

大出光貴、『ルパン三世 灼熱の監獄島』(双葉社、1987年)、136-138頁。

なんというかこう、トリビア発表会である。

ワニシーン以外は面白かったです。
以上。


ルパン2作を総じて言うと、ワニシーンとストーリー志向は食い合わせが悪いということなのだろう。
書き込みすぎると、悪い意味で面白くなってしまう。

特に、戦闘のように動きのあるものについては、あえて事細かな記述は行わず、ダイスロールという「ミニゲーム」で表現するのが、ゲームブック的で良いのではないか。

戦闘の扱いでいうと、デイブ・モーリス(他)の「ゴールデン・ドラゴン・ファンタジイ」シリーズなんかは、非常にシンプルなルールで好ましかった。

ルールは最小限な上、これを巻頭に書くのではなく戦闘パラグラフに直接書くというモダンな方式である。覚える必要がなくて、良い。


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