トカゲ王の島
(1985年 I・リビングストン / 社会思想社)
最初の「ワニ本」は、ファイティングファンタジーシリーズ(FF)の第7巻「トカゲ王の島」。
あらすじはこちら。
著者はイアン・リビングストン。5巻、6巻に続けての執筆となる。
ワニ評
「空想生態系に生きるワニ」
本作は、シリーズの中でも地味であることに定評がある。
私的評価でいうと、テンポが良いので楽しめると思っているが。
5、6巻と比べると、たしかに敵の魅力が薄いところはある。
なにせ、5巻と6巻の人気が高いのである。
例えば5巻「盗賊都市」。
タイトルの「盗賊」とは何のことかと言うと、これは、住民たちのライフスタイルを指している。
二四七
I・リビングストン(1983)、喜多元子(訳)『盗賊都市』(社会思想社、1985年)、170頁。
角を曲がったとき、ふいにわき道から、背の低いがっしりした男が三人、君に襲いかかる。二人が君の脚をつかみ、一人が棍棒で君をなぐり倒そうとする。運だめしをせよ。
(中略)
もし凶なら、棍棒はしたたか君の後頭部にあたり、君を卒倒させる
主人公、ローカル挨拶により卒倒。
歩いているだけで襲われる治安の悪さなのである。
しかも、ただ襲うだけでは飽き足らず、両脚を極めての後頭部狙い。
せめて会話をさせてくれ。
これが「盗賊都市」の舞台となる港町「ポート・ブラックサンド」の、名物である。
この町は5巻での鮮烈なデビュー以後、リビングストン作品には度々ゲスト出演し、ワンポイント的に地獄絵図を展開するのがお決まりとなっている。
他にも歩いているだけで受ける被害をば。
三〇〇
I・リビングストン、同上、196頁。
一軒の家の戸が開いて、ボロ服を着た少年が走りでてくると、君に一枚の紙片を手渡す。彼はそのまま走りつづけ、角を曲がって姿を消す。その紙には、「六つの弓があなたを狙っています。道のまん中に金貨を一〇枚置いて、歩きつづけなさい」と書いてある。
混乱させて生じた隙を突く、流れるような脅迫行為。
どいつもこいつも、一般人のくせして謎に手口が確立されている。
とにかく頻繁に、通行人のペースに持ち込まれるのがこの町。
もちろん、主人公が反撃するシーンもある。
最後にひとつ紹介して、スカッとJAPANしていただこう。
一八
I・リビングストン、同上、40頁。
君は慎重に狙いをつけて、リーダー格の放浪者に手裏剣を投げつける。サイコロを二つふれ。合計が君の技術点と同じかそれ以下なら、手裏剣は相手の胸に深く刺さり、男は即死する
ここで「リーダー格の放浪者」という、見たことなさすぎるワードが登場。
いきなりステーキのテラス席並に見たことない文字列である。
シェフ以外の気まぐれサラダ並に嫌だ。
しかし「手裏剣は相手の胸に深く刺さり、男は即死する」という文言は、謎に勢いがある。
地味にスカッとJAPAN。
7巻「トカゲ王の島」に話を戻す。
本作は、自然あふれる火山島の冒険である。
これはこれで良いのだが、5巻の面白さに比べると、一種の賑やかさに欠けているところがある。
7巻の敵は、序盤は野生動物と首狩り族、後半は「トカゲ兵」という知的生物の軍隊。
野生動物の方は、マッドな実験の副作用で巨大化したという設定になっている。
このような設定を追加した理由は、察するに、2巻でさんざん魔法合戦を繰り広げたくせして、今さら畜生を前半の軸とすることに作者も不安を感じた、といったところであろう。
冒険は、火山島に上陸した直後の浜辺から始まる。
そこから、トカゲ軍団の本拠地へと近づいてゆくにつれて、段々と敵が知的になっていくのは小粋な構成である(野生動物→首狩り族→トカゲ兵)。
ワニは、作中中盤にて、野生動物のボス的な立ち位置で登場する。
それも、「イカダの上で襲われる」というワニ戦の王道シチュ。
サメ映画を思わせる驚かしも表現されており、エンタメを心得ているところは実にリビングストンらしい。
三八七
I・リビングストン(1984)、松坂健(訳)『トカゲ王の島』(社会思想社、1985年)、242-243頁。
それほど行かないうちに、いかだの上にいてもまったく安全ではないことに気づく。前方の水のなかから一対の目が君をにらみつけている。するととつぜん、鋭い歯がならんだ大きなあごがいっぱいに開いた。ワニがものすごい力でいかだに何度もぶつかってくるので、君はいかだから落ちそうになる。ワニはそのあごをパクパクと何度か開けたり閉じたりしながら、君に噛みつこうとまたもや水のなかを進んでくる。
これぞ、というべき典型的ワニ描写である。
ワニといえば、もっぱらイカダ転覆狙い。
専門家の間では、サメがゲームブックにあまり出てこない理由を、海では主人公が船に乗っていて転覆狙いが不可能なためだと主張する向きもある。
戦闘能力についても、技術点が六で、体力点が七と、実にワニらしい強くなさで安心する。
技術点というのは、主人公側の下限が7、上限が12である。
敵側もこの範囲から大きくは外れないように設定されるから、性質としては相対評価の値といえる。
ワニというのは、主人公側の下限よりも弱いってわけですな。
現実でいうと、ワニに襲いかかられている状況は、人間としてはかなり詰んでいる感じだが。
その程度でダメージを負うようでは、トカゲ王に勝とうなど笑止の沙汰とな。
…ところで、ここで一点、疑問がある。
ワニが巨大化していないのである。これはどうして??
「背景」には下記の記載があった。
実験の途中に生じた毒素が水のなかに融けこんで、おそるべき結果をひきおこしてしまったのである。
I・リビングストン、同上、27頁。
島の植物や動物にも多くの影響が出た。
人を食べる植物や巨大な獣が急速な進化で生まれてしまったのだ。
水を媒介したということは、そこの生態系に属している生物は全体的に影響を受けそうなものである。
だが実態としてはそうなっていない。
一見矛盾した状態である。
この状況を、何とか説明できないものだろうか。
そう考えながら読み返していると、豚も巨大化していないということに気がついた。
二二二
I・リビングストン、同上、153頁。
君の左側でなにかが動いているのが見える。小さな動物が平原を走っている。近づいてくるにつれ、それが小さなブタだとわかる。ブタを串ざしにして丸焼きにしようと考えただけでつばが出てくる。
というか、序盤の浜辺、沼地、丘陵地帯には巨大生物がいるものの、ワニのいる川以降は、巨大生物が出てこなくなるのである。
実は、昔読んだ記憶でも、浜辺に出てきた巨大カニくらいしか印象に残っていない(マンゴが上陸早々コイツに挟み殺されるから)。
本作のイメージといえば、「トカゲ軍団と戦うストーリー」だけだった。
巨大化する毒素の設定など完全に忘れていた。
まあ、トカゲ軍の管理区域については、トカゲ兵が巨大生物を駆逐したと考えれば、概ね納得できる。
それでもなお、豚だけはワニよりも前のエリアで登場しているため、疑問が残るのである。
そこで、本作に登場する動物を洗い出してみた。
◼︎巨大化
大きなヒル
巨大バチ
巨大ガニ
巨大トンボ
鉄砲ガエル
人食いの木
巨大トカゲ
大水ヘビ
◼︎巨大化していない(哺乳類)
黒いライオン
サル
サーベルタイガー
クマ
ブタ
小犬
吸血コウモリ
◼︎巨大化していない(哺乳類以外)
タランチュラ
ガラガラヘビ
ワニ
蚊
気付いたのは、哺乳類が巨大化していないこと。
これだ。
なにせ哺乳類は、恒温動物である。
絶えず食料を摂取していなければ餓死するのだから、急激な巨大化など言語道断。
巨大化した個体は、生命維持に必要なだけの食料を賄いきれず、即座に絶滅したはずだ。
一方、ワニからすれば、餌である哺乳類が巨大化していないのだから、自分も巨大化する必要がない。
むしろ、巨大化してしまうとその分だけ、相対的に餌の嵩が減ってしまうのである。
更にここでもう少し、想像を膨らませてみる。
哺乳類以外の生物がどんどん巨大化していく中で、力関係の逆転が起こった。
それまでワニの餌だった変温動物は、巨大化したことで、捕食者へと転換。
人食い生物となった。
こうして、食物連鎖は崩壊。
ワニは、進化の波に取り残されたのである。
困ったワニは、外敵の少ない、川の下流に陣取ることとした。
待ち伏せて、ふらりと立ち寄った哺乳類を、細々と捕食する。
そんな惨めな「小動物」へと成り下がったのが、「トカゲ王の島」に登場する個体なのである。
とまあ、説も立ったところで、作者の気持ちに立ち返ってみる。
メタ的に考えると、素で脅威な生物については、巨大かどうかを気にしていなかったのだと思われる。
リビングストンにはそういう、ゆでたまご先生みたいなところがある。
トカゲ王の島 あらすじ
火山島からやってきたトカゲ兵の軍団に、オイスターベイの民が攫われてしまった。
攫われた人々は奴隷とされ、鉱山にて過酷な労働を強いられている。
彼らを開放するため、主人公は旧友マンゴと共に、火山島へと旅立つ。
トカゲ兵のボスは、「トカゲ王」という、唯一のネームド。
ゲームブック史には大して名前を残していない彼だが、強大な力を持っており、普通の武器では傷ひとつ付けることができない。
いま、6巻から続くインフレの疑惑が確信へと変わる。
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