「モンスター誕生」は、最高のゲームブック作家であるスティーブ・ジャクソンの、最高傑作だ。
それはつまり、ゲームブックの最高傑作ってのと、イコールである。
ちょっとばかし難易度がべらぼうなので、初めての人には勧められないが、慣れてきたら是非遊んでほしい一作だ。
本作は、ファイティング・ファンタジーの24巻として、ブーム後期に発売された。
出版部数が少なかったためか、長らくプレミア化していた。
それが、シリーズ創始者の代表作ということで、「ファイティング・ファンタジー・コレクション」のうち1冊に選ばれ復刻。
30年近い時を経て、やっと定価で供給される運びとなったのだ。
前の記事で、ファイティング・ファンタジー・コレクションにおける翻訳の劣化について触れた。
だが本作はあまり修正されず、ほとんど旧訳のまま復刻されている。
下手に改変して劣化するよりは良い。
余談だが、コレクションには、50巻「火吹山ふたたび」という作品も入っている。
これは、当時日本のゲームブック界が既に死んでいたため、リアルタイムでは発売されなかったもの。
そのため、今日に至って初の翻訳となった。
いわゆる幻の作品である。
これらレアモノ2点が普通に読めるというだけで、コレクションの商品価値はあると僕は思っている。
…のだが、実は、モンスター誕生の数少ない修正点が、おそらく修正誤りなのではないか(直しちゃったけど、実は旧訳が正しい)というのが、今回の話である。
さて。「モンスター誕生」の何が素晴らしかったか。
それは、性格の悪さだ。
敵だけでなく、地域全体が、とことんまでに意地悪なのだ。
主人公は、知能のないモンスターという設定である。
こいつが、種々の意地悪なトラップにまんまと嵌ってハメ殺されまくるというのが、本作の大まかな内容である。
今回紹介するシーンは、中でも非常に印象的で、まさに意地悪という場面だった。
道を歩いていると、三叉路があり、案内の標識が立っている。
やがて、道は二つに分かれた。交差点に標識が一本立っている。南が《ドリー※※》、北西が《コーブン》、北東が《ブ・フォン・フェン》だそうだ。北西に進んでいくなら一九〇へ。北東に進んでいくなら一三四へ。
スティーブ・ジャクソン(1986)、安田均(訳)『モンスター誕生』(社会思想社、1988年)、139頁。
引用注 ── 《ドリー※※》とある米印は無視してよい。この場面とは無関係な、ゲーム上のフラグだ。
この標識の記載が、誤っているのだ。
この場面の正しい状況は、主人公が南の村「コーブン」からやってきて、北西の「ブ・フォン・フェン」へ向かっているところなのである。
ちょっとややこしい話だが、地図と見比べれば分かる。

「ブ・フォン・フェン」は地図に載っていないが、左上の方にある(ティードル川と書かれているあたり)と考えていい。
そして「コーブン」から北へ行く道中に、「ドリー」へとつながる三叉路がある。
標識は、ここに立てられているのだ。
ちなみに、「ドリー」は邪悪な魔女の村で、ここに入ると絶対に出ることは出来ない。
ゲームオーバー確定の袋小路エリアである。
標識の記載を鵜呑みにして北東へ行ってしまうと、間違って「ドリー」に着く。
そのまま確定死。
問題は、この場面に対する説明が、全くないことだ。
なぜか地図と噛み合わない標識を、安田均は、スティーブ・ジャクソンのミスだと考えたのではないか。
新板では、ここの記載が修正されてしまった。
やがて、道は二つに分かれた。交差点に標識が一本立っている。北東が〈ドリー※※〉、南が〈コーヴン〉、北西が〈ブ・フォン・フェン(かえる沼)〉だそうだ。北西に進んでいくなら一九〇へ。北東に進んでいくなら一三四へ。
スティーブ・ジャクソン(1986)、安田均(訳)『モンスター誕生』(SBクリエイティブ株式会社、2021年)、130-131。
しかし実は、この標識が地図と噛み合っていないというのは、事実ではない。
標識も地図も、間違ってはいないのだ。
おかしいは、標識の立てられた向きなのである。
文中には何の説明もない。
だがおそらく、そこらへんの誰かが、いたずらで標識の向きを変えたのだと思われる。
そもそも、訳文には「北西が〈ブ・フォン・フェン)だそうだ」とあるが、標識に「北西」と記載してあるとは限らない。
これはちょっとしたミスリードだ。
原著の記載も参考に、標識の見た目を考えてみる。
The way to the south is signposted to ‘Dree **’. To the north-west, the signpost reads ‘Coven’
Steve Jackson (1986), Creature of Havoc, Penguin Books, pp.127.
おそらく標識は、3つの矢印が組み合わさったような様子なのだろう。
そして、それぞれの矢印には、行き先の名前だけが書かれているのだ。
そこで、標識を、コーブンが南に来るように120°反時計回りすると、標識は地図の通り、ブ・フォン・フェンが北西だと示しているのである。
上記の場面は、間違いなく性悪な天才スティーブ・ジャクソンによる、素晴らしく粋なアイデアであり、本作の世界観にぴったりのイベントであった。
それだけに、このイベントが実質的に削除されてしまったのは残念である。
かといって、新版の訳のように初めから正しい向きであっても、全体に矛盾は生じないという点だけはフォローしておく。
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