本作もジャンルはコメディ寄りのホラーである。
内容としては、洋館探索(お化け屋敷)モノ。
最大の特徴は、舞台となる洋館が、ブリティッシュジョークまみれであること。
どの部屋もふざけていて、放たれるユーモアはひとつひとつが小洒落ている。
ずっと見ていられる。隅々まで探検したい。
本作の魅力は、ロケーションの素晴らしさ。それに尽きるのである。
例えば次のシーン。
九五
扉を開けると、タイル張りの殺風景な小部屋だった。小さな天窓からわずかな光がさしこんでいる。ほかに目につくものといえば、ふたつきの大きな壺だけ。まわりに色とりどりの可憐な花が描かれていて、揺するとタポタポ音がする。飲物でも入っているのだろうか。だが、あいにく手もとが暗くて、中身が何なのかわからない。北の壁には、暗号めいた紙が貼ってあった。これが手がかりになるかもしれない。
暗号を調べてみるなら、一四六へ。
壺に手をつっこみ、中身をちょっとなめてみるなら、一〇七へ。
ハービー・ブレナン(1984)、高橋聡/フーゴ・ハル(訳)『ドラキュラ城の血闘』(創土社、2010年)、60-61頁。
ここで暗号を調べると、以下のように書いてある。
一四六
天窓の明りにかざし、暗号を読みとった。SFWARNOTBIC-BATNOISFR=?
部屋の名前を表わしているようだが……
ハービー・ブレナン、同上、86頁。
実は、この暗号は、解く必要がない。
おまけの謎解きなので、ゲームの進行には影響しないのだ。
そのまま次の項目を読み進めれば、答えが何だったのかが分かるようになっている。
一〇七
最近までヨーロッパ社会には、いわゆる便器が存在しなかった。もちろん、それまではヨーロッパ人が用を足さなかったというのではない。広大な宮殿の柱の後ろや美しい庭園の木陰には、かならずこのような壺が用意され、用を足す器として隠し置かれていたのだ──。と、いうようなことを、きみは、中身をなめてから、わりに冷静に思い出していた。ひとあじ遅かった……。つまり○○○と××ッ×のミックスジュースをなめてしまったんだ!もちろん、ちょいとなめたところで害があるわけではないが、つまりその、気分の問題というか……ま、水があったら、そのときは口をゆすぐのを忘れぬことだ。──八五へ。
ハービー・ブレナン、同上、68頁。
ここでうんこの臭いを描写しないという叙述トリック。
この驚きは、イニシエーション・ラブの作者「乾くるみ」が実際はモサモサのおじさんであることに匹敵する。強烈なサプライズである。
本作の舞台は、一九一二年だ。
便所のイベントなど、一見して教養の無駄遣いだが、当時の洋館の描写を盛り込むことで、ロケーションとしての魅力を増している。
だがトイレの札をわざわざ暗号にするというのは、どうしたって不可思議だと思う。
それも含めていい。
ちょっと舐めてみるという選択肢があるのも、極めて不条理である。
それもまた良い。
洋館×ホラー×シュールな謎解きといえば、初代バイオハザード。
本作のゲーム性は、ナンセンスギャグ版・初代バイオハザードといえる。
バイオ、クロックタワー、かまいたちの夜と、ホラーゲームといえば洋館探索である。
突き詰めていくとリアルでもなんでもない洋館なのだが、研究所を探索するよりも、不思議とずっと面白いのだ。
それは生活感によるものか。
あるいは、ミニチュア的に楽しめるというのもあるだろう。偉い。トップウォー。
ゲームブックを遊んだ経験のない人にとって、ゲームブックは、「選択肢の番号を辿って読む本である」以上のイメージはまだ、なかなか掴めていないかもしれない。
ゲームブックにおける番号は、小説をただ解体して、ランダムに割り振っただけのものではない。
番号は、ある時点であり、かつ地点でもあるのだ。
つまりゲームブックとは、1つの繋がったストーリーであるとともに、1冊が1つのマップとして、立体的な構造になっているのである。
遊ぶにあたってプレイヤーは、番号を辿りながら、各イベントの位置関係が視覚的に分かるようメモを取っていく。
そうすることで、マップを作ることができる。
本作のユニークなイベントの数々も、それぞれが客間や食堂といった部屋に配置されており、全体として一つの洋館となっている。
その様子が、メモを描いていくことで浮かび上がってくる。
デジタルゲームの話になるが、むかし、「マンホール」という神ゲーを遊んだことがある。
洋ゲーで、同名ゲームのリメイク移植作であった。
目的はなく、おとぎ話をイメージした3DCGの館を、飽きるまでの約15分間、ただただストイックにうろつくという、衝撃のゲーム性を誇っていた。
館には動物たちが住んでいる。クリックすると、2枚絵でペロリとアニメーションする。
その動物たちの絵柄のやばさが強く印象に残っている。
ディズニーランド的なバタ臭さを超えた、リコリス入りのバター風味であった。
うろつくだけで楽しい香ばしいというのは、ある意味ゲームの理想ではないか。
マリオも64以降はそう言ってる。
洋物ゲームブックの良さとは、これなのである。
今まで見たことのないような世界観に、出会うことができる。その中を、歩くことができる。
変であれば変であるほどいい。
ゲームブックの用語で、番号の配置をメモすることを、マッピングという。
マッピングはゲームブックの醍醐味である。
本作は、その入門に適した1冊だ。
マッピングの実例を出せればと思い、自宅を探してみた。
別ゲームで、国産のゲームブックではあるが、だいぶ昔にやったものを1つ発見。
経験者が見れば、何のゲームか分かるはず。

…小汚いマップだ。しかし立派に思い出の品である。
これは、鈴木直人という、東で一番のゲームブック作家による作品をプレイした記録である。
「ウツロのまち」というマップであるから、宿や病院、武器屋防具屋などがある。ドラクエ風の町だ。
人に見せようと思って、アプリ使ってフリーハンドで「ひろば」とか書き足したんだろうな。当時。
遊んでいるときは番号だけ書いていたようである。フリクションで。
この人の作風といえば、ゴリゴリなマッピングが持ち味であった(特に初期は)。
方眼紙に綺麗に描けるように描写されているので、街並みをマップに起こしているはずなのだが、できあがりはこんなふうに間取りじみる。
出来合いのマップを冒険する作品もある。これもまた楽しい。
「シャーロック・ホームズ 10の怪事件」は素晴らしかった。
付録がたくさんついていて、実際にロンドンを探検している気分になれるのだ。
まず当時のロンドン市街地図が付属している。

反則である。描写もへったくれもない。
ここに書かれたひとつひとつの住所番号に、聞き込みのイベントが配置されている。
気になった住所を、本誌の方で引くことで、聞き込みができる。
聞き込みイベントを読めば、また気になる名前が出てくる。そうしたら、住所録で調べてみるのだ。

これらの組み合わせによって、プレイヤーが気になった人物の住所を調べ、訪ねて回るという捜査スタイルを、見事に再現。
ついでに、事件とは関係のない住所にも、サブイベントが配置されていたりして、マップを散策する楽しみがあった。
これぞ圧倒的バブリー仕様。
ここまでやる気に満ち満ちていると、これはもう、ゲームブック界の忘れ形見といった具合である。
「ドラキュラ城の決闘」のマッピングは、ここで紹介した2作の中間だ。
付録で、見取り図がついている。空の地図である。
部屋の名前はあらかた書いてあるが、番号は書いていないので、訪れては書き込んでいく。
加えて、ところどころ、名前が書かかれていない謎の部屋がある。
そこが何の部屋なのかは、行ってみてのお楽しみである。
せっかくだから、見取り図を印刷して、是非とも書き込みながら遊んでほしい。
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